東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)258号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決は、第二引用例の記載事項の認定を誤つた結果、本願発明と第一引用例記載のものとの相違点(2)についての認定判断を誤り、ひいて、本願発明は第一引用例及び第二引用例記載のものから当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、
前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(本願発明の特許願書並びに添付の明細書及び図面)、同号証の二(昭和五〇年七月二三日付手続補正書)、同号証の三(昭和五四年三月一二日付手続補正書)及び同号証の四(昭和五五年七月一九日付手続補正書)を総合すると、本願発明は用水路、特に大流量の開水路における流量測定装置に関するもので、従来、主管の中の流量を測定するために流路を分岐し、この分岐管に設けた流量計により知り得た流量の値に基づいて総流量を求める装置は公知であるが、このような装置は主管中を流れる流量と分岐管を流れる流量との関係を実際の流れに基づいて正確に調整しなければならず、また、流量が時間とともに変化するときは、流体の粘度や流路の摩擦抵抗などによつて主管と分岐管とを流れる各流体の流量関係が変化するため補償が必要となり、更に、メインテナンスが非常に難しいという欠点があつたこと、本願発明はこのような従来の装置の欠点を解決することを目的ないし課題とし、本願発明の要旨のとおり(特許請求の範囲の記載と同じ。)の構成を採用したものであり、<1>このように開水路の堰の同一レベル線上に大きさ、形状共に同一の筒状体を複数個設けることにより、いつたんせき止められた流体の位置的あるいは動的エネルギーが流量検出装置を構成する円形通孔を有する筒状体と残りの円形通孔を有する筒状体(ダミー装置)とに対して同一条件となり、したがつて、各筒状体を通過する流体の量は何ら調整を要せずとも同一となるから、流量検出装置を構成する筒状体を通過する流量と残りの筒状体の数とに基づいて全流量を算出すること(いわゆるダミー方式による流量の測定)ができ、筒状体を通過する流量が時間とともに変化しても温度その他の物理的条件が変わつても、何ら補償を必要とせず、常に同一の精度を保持できる、<2>筒状体の取り付けられる仕切り(堰)が、ほぼ露出状態にあるから、保守点検の利が非常に優れている、<3>筒状体の円形に設けられた各通孔内には、流れの支障となる大きな障害物がなく、大流量の開水路に用いて極めて効率がよい、及び<4>サンプリング計量の流量計のための分岐路の設置を必要としない、という作用効果を奏すること、本願発明の構成要素である「仕切り」とは、せき板のことであつて、開水路に設けられた工作物で、開水路を上流側と下流側とに分離し、上流から下流へ直接水が流れることを阻止し、それにより水圧を高め、その流れを仕切りに設けた円形通孔を有する筒状体に集中させるという機能と流量検出装置を含む右筒状体を所定の位置に支持するという機能を併せ具有するものであること、及び「比較的薄い仕切り」とは、その厚さが電磁流量計等の流量検出装置を含む筒状体の長さを実質的に延長することがないように薄く構成された堰を意味するものと認められる。他方、第一引用例が本願発明の特許出願前に国内において頒布された実用新案公報であることは原告の明らかに争わないところであり、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載の考案は、河川1、2の分水部に堰3を設け、その堰3の両側には溜水マス4、5を形成してそれぞれ河川1、2と連絡させるとともに、堰3の両側の溜水マスの底部は流量計7を介在した流水管6、6´によつて連通させてなる河川流量の測定装置であるところ、流量計7の流入側テーパー管8及び流出側テーパー管9の中心に横設したロツド10に嵌装された球状浮子11の摺動の変化によつて流量の変化を把握し、その総流量を計測する水平型流量計を用いる場合に、前示の構成を採用した結果、河川1、2の水面はほとんど同一の水面となり、両者の間に差圧を生じないため、球状浮子11の作動は円滑に行われることとなり、右流量計による河川取水における本支流間の流量の計測を正確になし得る効果を奏するものであつて、堰3は、水路中に設けた工作物で、主流河川1と支流河川2とを分離し、それらの間に直接水が流れることを阻止し、河川の流れを流量計を介在した流水管6に集中させるという機能を果たし、溜水マス4、5及び流水管6、6´は、主流河川1から流入する水の流勢を抑え、その流入流出を円滑にすることにより、主流河川から流入する水の乱れがそのまま流量計7に流れ込むことを防止する機能を果たすものであること、並びにその図面第2図及び第3図には、流量検出装置である流量計7に流水管6、6´の長さを加えた厚さの堰3が図示されていることを認めることができる。
右認定したところにより、本願発明と第一引用例記載のものとを対比すると、本願発明のせき板も第一引用例記載のものの堰3も、共に水の流れを阻止する水路に設けられた工作物、すなわち堰であるから、両者は、本件審決認定のとおり、河川の流れを阻止する仕切りとこの仕切りに設けた流通孔を通して流れる流体流量を測定する流量計とを設け、該流量計の読みから河川流量を測定する点で一致し、(1)本願発明が、比較的薄い仕切りを用いているのに対し、第一引用例記載のものは、厚幅の堰を仕切りとして用いている点、(2)本願発明は、仕切りの水没部の同一レベル線上に一体に配設された大きさ、形状共に同一の円形通孔を有する複数個の筒状体とこの筒状体の少なくとも一個を構成する流量検出装置を備え、該流量検出装置の検出した流量と残り筒状体の数とに基づいて全体の流量を算出しているのに対し、第一引用例記載のものは、流量計を介在した一個の流水管を通る流量を測定することにより河川流量を求めている点で相違することが認められる。
そこで、右相違点(2)について、本件審決が第二引用例を例示して、管内流量の測定とはいえ、複数の円形通孔を有する隔板を管内に配置し、該通孔のうち一つ又は幾つかの通孔を流れる流量を測定し、この測定値と残りの円形通孔の数に基づいて管内流量を求める流量測定方法は、周知であるので、第二引用例記載の流量測定方法を開水路の流量測定に用いた点に格別困難性は認められない旨認定判断した点の当否について検討するに、第二引用例が本願発明の特許出願前に国内において頒布された刊行物であることは、原告の明らかに争わないところ、成立に争いのない甲第五号証によれば、第二引用例の発明の詳細な説明の項中本件審決指摘の箇所に、「大なる断面直径を有する流体導管内の流速を測定するには」との記載に続いて、「この導管内に、第6図に示されるような、多数の絞り孔18を有する隔板17を配置すれば宜しい。孔18の直径は、孔18の総断面が、所要の流量に対応するように設計すれば宜しい。この場合、測定個所5、6は、上記孔18の中の一つ、或は幾つかの孔の中に配置し、以て信号を増幅することができる。」(甲第五号証第六頁右上欄第一五行ないし同欄第七行)旨の記載があり、その第6図には、上下に四個の絞り孔が並んだ隔板の断面図が示され、かつ、そのうちの最下段の絞り孔を除く上方の三個の絞り孔には、第1図に示されているのと同じコンスタンタン製の線が絞り孔の軸線に沿つて通されているところ、最下段の絞り孔とそれ以外の絞り孔とは開口面積を異にするものとして図示されており、また、発明の詳細な説明の項には、「本発明の方法は、流体導管内の、特に、流れの断面の変化する範囲内の、或は、流体の流れの中の擾乱が生ずる範囲内の、差異が設けられた両個所で、流体の温度が測定され、而して測定された温度差から、流れの速度が引き出されることを特徴とするものである。」(同号証第二頁右上欄第三行ないし第八行)、「或る流体の温度変化は、特に、擾乱個所に、或は流れ断面が変化する範囲内に生ずる。」(同号証第二頁右上欄第一五行ないし同頁左下欄第二行)、「或る一定の測定個所及び関連流体に対しては、例えば一つの校正曲線が温度の変化から引出された値に対する速度の関係を表わすようにすることができる故、流れの速度、従つて流量は、この校正曲線から決定することができる。」(同号証同頁左下欄第一一行ないし同頁右下欄第一行)旨の各記載があることが認められ、以上の記載に徴すれば、第二引用例には、流体の管路に絞り孔を有する隔板を設け、流体が絞り孔を通過するときに大きな流体抵抗を生み出すようにして温度差を生じさせ、その温度差を測定することによつて流速を測定し、右流速と絞り孔の総断面積から流量を求め得るとの技術的事項が記載されていることを認めることができるけれども、多数の絞り孔18を有する隔板17を配置する場合に、大きさ、形状共に同一の絞り孔18を配置するとの記載はなく、かえつて、第6図には開口面積を異にする絞り孔が設けられており、また、そういう絞り孔18のうちの一つ又は幾つかを流れる流量を測定し、その測定値と残りの円形通孔の「数」とに基づいて管内流量を求めるという流量測定方法、すなわちダミー方式による流量の測定方法が開示又は示唆されているものとは到底認められず、他に右流量測定方法が本願発明の特許出願前周知であることを認めしめるに足りる証拠はない。そうであるとすれば、複数の円形通孔を有する隔板を管内に配置し、該通孔のうち一つ又は幾つかの通孔を流れる流量を測定し、この測定値と残りの円形通孔の数に基づいて管内流量を求める流量測定方法が第二引用例に記載されているように周知であるとする本件審決の認定判断及び右事実を前提として、第二引用例記載の流量測定方法を開水路の流量測定方法に用いた点に格別の困難性がないとした認定判断は、誤りというべきである。被告は、絞り孔18を通る流量は、温度差の測定を行うことにより測定しているのであり、測定手段を備えない絞り孔を通る流量は、測温手段を備えた絞り孔の流量(測定済み)から類推しているのであるから、本件審決の第二引用例の記載事項についての認定に誤りはない旨主張する。しかし、前認定説示のとおり、第二引用例に記載されている流量の測定方法は、流速と導管の総断面積から流量を求めるという方法であつて、本願発明におけるようないわゆるダミー方式による流量の測定方法とは異なるものであるから、被告の右主張は、採用することができない。また、本件審決は、複数個の円形通孔のうち一つ又は幾つかの通孔を流れる流量を測定し、この測定値と残りの円形通孔の数とに基づいて管内流量を求め得るためには、前記残りの各円形通孔を流れる流量は、前記流量を測定する一つの円形通孔の流量測定値と同じであるか、あるいは少なくとも所定の関係にあつて、算出可能になつてなければならないことは自明であり、本願発明において、流量を測定する円形通孔を流れる流量と残りの各円形通孔を流れる流量とを同じにする方式を採用し、そのために、各円形通孔を仕切りの水没部の同一レベル線上に配置するとともに、大きさ、形状共に同一にした点は、実施に際し、当業者が適宜選択し得る程度の事項にすぎない、と認定判断するが、右認定判断は、複数個の円形通孔のうち一つ又は幾つかの通孔を流れる流量を測定し、この測定値と残りの円形通孔の数とに基づいて管内流量を求めるという技術的思想を前提として、右技術的思想を実現(具体化)するための要件を具備することは、当業者の適宜選択し得る程度の事項にすぎないとするものであるところ、前認定説示のとおり、第二引用例には、このような技術的思想は何ら開示されておらず、また、そのような測定方法が周知であることを認めるに足りる証拠もないから、右の技術的思想が存することを前提とする本件審決の右認定判断は、その前提において誤つており、失当といわざるを得ない。被告は、この点について、第二引用例には、複数個の円形通孔のうち一つ又は幾つかの通孔を流れる流量を測定し、この測定値と残りの円形通孔の数とに基づいて管内流量を求め得るとの技術的思想が開示されているとしたうえで、一部の通孔の流量から他の通孔の流量を推定する以上、それらの間に一定の関係が存在しなければならないことは、本件審決で述べているとおりであるし、複数の通孔の条件を同一(一定の関係の最も単純なもの)にするために、それを同一の大きさ、形状にすることは、開水路であつても管路であつても、同様に単純に決定できることであり、開水路においては、レベルにより水圧が異なり、水圧が高い通孔ほど流速が大になることは常識であるから、各通孔を同一レベルに配置することも、単純に決定し得ることにすぎない旨主張するが、前認定説示のとおり、第二引用例には被告主張の技術的事項は記載されていないから、被告の右主張も、その前提を欠くものであつて、採用することができない。
そうすると、本件審決は、本願発明と第一引用例記載のものとの相違点(2)についての認定判断を誤つたものというべく、右誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点について判断を加えるまでもなく、違法として取消しを免れない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、本件審決を違法として、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
流れを阻止する比較的薄い仕切りと、この仕切りの水没部の同一レベル線上に一体に配設され大きさ形状ともに同一の円形通孔を有する複数個の筒状体と、この筒状体の少なくとも一個を構成する流量検出装置とよりなり、前記流量検出装置が検出した流量と残り筒状体の数とに基いて全体の流量を算出することを特徴とする開水路における流量測定装置。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
別紙図面(三)
<省略>
<省略>